THE HISTORY

1880s

1887年にJohn & Albert Brady兄弟がバーミンガム、プライスストリートで銃のレザーケースを製造・販売したことから始まる。

1920s

Johnの息子、ErnestとAlbertの息子、Leonardが参加。Leonardは新境地を求めてアメリカ・ハリウッドに渡り、アメリカでのビジネスの楚を築き、本格化していった。1929年には<Brady the Leather Man>というショップをWarner Brothersの隣にオープン。
Warner Brothersの創業者、Jack & Harry Warnerに高く評価され、また、クラーク・ゲーブル、グレタ・ガルボ、シャーリー・テンプルなどその時代を代表する一流俳優にも愛され、Bradyの名前はあっという間にアメリカで広まっていった。
同じ時期、Johnの息子Ernestは父の他界後、しばらくBradyを離れ、車に積むトランクの製造をする職人として生計を立てていたが、1928年、父が遺した500ポンドと叔母に借りた100ポンドで会社を立ち上げ、1928年にBradyの代名詞ともいえる定番商品 Ariel Troutの販売をスタートさせた。

1930s

ErnestとLeonardは大きな敷地を求め、バーミンガムの鉄砲関連企業が集まる地域のShadwell Streetに会社を移転。新しい工場からゲームバッグやハンティング・スポーツ用アクセサリーが作られ、後にBradyの代表的な商品となるフィッシング・バッグのシリーズが生まれていった。ハンドメイドで作られるBradyのガンケースはその高い品質と信頼から英国でも最も名声のあるPURDEY社の銃を愛用している人々から問い合わせが殺到した。しかし、品質にこだわる生産体制だったため、いつも納期が大幅に遅れていた。
映画で使用するレザーやオーク材のスーツケースも多く手がけ、映画俳優や貴族たちにまで幅広い顧客層に愛されていった。オーマン国王、Duke of Westminster(ウエストミンスター公爵)もBradyの顧客だった。

1940s

第二次世界大戦が勃発し、Ernestは自宅も工場も爆撃により失った。それでも彼は再び立ち上がり、1946年に新しい工場をバーミンガムに程近い石炭業地域として栄えたHalesowenに移転した。この頃から、手製のトレーラーにサンプルを積んで商品の販売を開始した。Londonを中心に大型店舗を始め、フィッシング・ハンティング専門店に精力的に営業を行った。

1960s

1960年代から1980年代にかけて、Bradyは国内取引を始め、アメリカ、日本、フランス、スウェーデン、南アフリカ、イタリアなどの国々への輸出を伸ばした。Severnを始めとするいくつかのバッグがファッションのアイコンとなり、セレブリティを始め、重い機材を運ぶ新聞記者や写真家などに愛用された。

1980s

Ernestも引退を迎える年齢となり、会社の若返りを狙い人材育成と若い職人の採用を進めた。1983年にはErnestは娘のHelenに会社と、30年以上共に歩んできてくれた従業員を委ねた。

1990s〜2000s

この時期、経営者が変わったり、統合したりと変動の時代だった。最終的にはレザー製品の製造業が集中するWalsallに移転し、馬具用品を製造するJeffries Saddleyの工場と統合。

現在でも、1930年代同様、Bradyのバッグはその品質とクラフトマンシップには定評があり、ハンティング、シューティング、フィッシングのための本格的なゲームバッグとしても認められている。物づくりへの確固としたスタンスは今も昔も変わらないことがBradyへの信頼につながっている。

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